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神戸地方裁判所 平成5年(人)3号 判決

請求者

甲野春子

右代理人弁護士

荒木重典

被拘束者

甲野夏子

甲野秋子

右両名代理人弁護士

辻晶子

拘束者

甲野二郎

甲野一郎

甲野明子

右三名代理人弁護士

神矢三郎

主文

一  請求者の請求をいずれも棄却する。

二  被拘束者両名を拘束者らに引き渡す。

三  本件手続の総費用は請求者の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被拘束者両名を釈放し、請求者に引き渡す。

第二事案の概要

本件は、被拘束者両名の母である請求者が、被拘束者両名の父である拘束者甲野二郎(以下「拘束者二郎」という。)、右二郎の父母である拘束者甲野一郎(以下「拘束者一郎」という。)及び同甲野明子(以下「拘束者明子」という。)に対し、人身保護法二条及び同規則四条に基づいて被拘束者両名の釈放と引渡しを求めた事案である。

一争いのない事実

1  請求者と拘束者二郎は昭和六三年二月一七日に婚姻し、同人らの間には同年七月一七日被拘束者甲野夏子(以下「被拘束者夏子」という。)が、平成元年七月一一日被拘束者甲野秋子(以下「被拘束者秋子」という。)がそれぞれ出生した。

拘束者一郎は、拘束者二郎の父であり、拘束者明子は、拘束者二郎の母である。

2  請求者、拘束者二郎及び被拘束者らは、平成四年八月一二日まで神戸市東灘区〈番地略〉の県営住宅に住んでいたが、拘束者二郎は、右同日、被拘束者らを連れて右住居を出て拘束者一郎宅(拘束者らの肩書住所地)に身を寄せ、その後請求者と別居状態にあり、拘束者一郎及び拘束者明子と共に被拘束者らを監護養育している。

二争点

被拘束者らを請求者と拘束者らのいずれに監護させるのが被拘束者らの幸福に適するかが争点である。

第三争点に対する判断

一本件請求の許否の判断基準

夫婦の一方が他方に対し、人身保護法に基づいて共同親権に服する幼児の引渡しを請求した場合には、夫婦のいずれに監護させるのが子の幸福に適するかを主眼として子に対する拘束状態の当不当を定め、その請求の許否を決すべきであるが、この場合において、拘束者による幼児に対する監護・拘束が権限なしになされていることが顕著である(人身保護規則四条参照)というためには、右幼児が拘束者の監護の下に置かれるよりも、請求者に監護されることが子の幸福に適することが明白であることを要するもの、いいかえれば、拘束者が右幼児を監護することが子の幸福に反することが明白であることを要するものと解すべきである。

二本件拘束に顕著な違法性があるか否か

1 前記第二の一の事実、証拠(甲一から一二、甲一三の一から四、甲一四、乙一から四、乙六、乙七、第一回及び第二回準備調査の結果、証人中木屋テル子、請求者〔第一回及び第二回〕、拘束者二郎〔第一回及び第二回〕、拘束者一郎、拘束者明子)及び審問の全趣旨によると、次の事実が認められる。

(一) 本件拘束に至る経緯

(1) 請求者と拘束者二郎は、昭和六三年二月一七日に婚姻し、同人らの間には同年七月一七日被拘束者夏子が、平成元年七月一一日被拘束者秋子がそれぞれ出生した。

(2) 請求者・拘束者二郎夫婦は、平成二年に神戸市東灘区〈番地略〉の県営住宅に転居し同所で生活していたが、夫婦関係は次第に円満を欠くようになり、拘束者二郎は、平成四年八月一二日、被拘束者らを連れて岡山県の伯母の家に墓参に行き、帰途そのまま被拘束者らと共に拘束者一郎宅(拘束者らの肩書住所地)で生活するようになった。

(3) 請求者は、同年九月一日、その母と共に拘束者一郎宅に赴いて被拘束者らの引渡しを求めたが、これを拒否されたため被拘束者らを連れ出したところ、追いかけてきた拘束者一郎及び同明子と路上で被拘束者らの奪い合いとなり、結局、被拘束者らは拘束者一郎らによって同人宅に連れ戻された。

(4) 請求者は、同月末ころ、神戸家庭裁判所に対して拘束者二郎との離婚を求める調停を申し立てたが、親権者の決定等について協議が整わず、右調停は不調に終わった。

(二) 拘束者らの被拘束者らに対する監護状況及び拘束者側の事情

(1) 拘束者一郎宅は、平家で、三畳、四畳、六畳の三部屋のほか、台所、風呂等の設備がある。

(2) 被拘束者らの世話は、主に拘束者明子がしている。拘束者一郎宅の近くには神社の広い境内があり、被拘束者らは外で近所の子供らと遊ぶことも多く、健康状態は良好である。

拘束者二郎は、後記(3)のとおりの勤務をしているが、なるべく午後六時には帰宅するようにして被拘束者らとの接触に努め、被拘束者らと一緒に夕食をとるようにするなどしている。

拘束者らは、愛情ある態度で被拘束者らに接触しており、今後も被拘束者らを養育することを望んでいる。なお、被拘束者らは、両親の微妙な関係を理解しているらしく、拘束者らの面前で請求者のことを口にすることはない。

(3) 拘束者二郎及び同一郎は、拘束者二郎の伯父(拘束者一郎の兄)が経営する甲野設備工業所(大阪市都島区所在)に勤務して配管の仕事に従事し、拘束者二郎は約四〇万円、同一郎は約三〇万円の月収を得ている。なお、拘束者二郎の伯父には子供がいないので、将来は拘束者二郎が伯父の右事業を継ぐ可能性がある。

(三) 請求者側の事情

(1) 請求者は、前記第二、一の2のとおり神戸市東灘区〈番地略〉の県営住宅に住んでいたが、右賃貸借契約が解約され、平成五年八月に右県営住宅を明渡したため、同年一〇月からは肩書住所地のマンションを賃借して居住している。右住居は、マンションの二階で、六畳二間のほか、台所、風呂等の設備がある。請求者の両親は、請求者の兄と共に、右マンションの三階に居住している。

(2) 請求者は、従来からアルバイトをしていた近くの外食店の準社員として勤務しており、手取りで約一二万円の月収を得ている。

請求者の居住しているマンションの賃料及び共益費は合計八万六〇〇〇円であり、請求者の両親が立て替えて支払っているが、その余の生活費は請求者の収入でまかなっている。

(3) 請求者の父は、西宮市の鉄工所を定年退職したが、同鉄工所の嘱託として引き続き勤務しており、約四〇万円の月収を得ている。また、請求者の母は、三日に一回の割合でホテルの受付係として勤務し、約一六万円の月収を得ている。

(4) 被拘束者らを引き取った場合、請求者は、被拘束者らを保育所に通わせ、自らは前記外食店で働くことを考えている(なお、本件差戻前の第一審判決に基づいて被拘束者らが請求者に引き渡された後である平成五年七月から、被拘束者らは近くの保育所に通うようになり、請求者が朝夕の送り迎えをし、請求者は昼間前記外食店で働くという生活を送っている。)。

(5) 請求者は、本件拘束に至るまで幾分飲酒の機会や量とも多かったが、そのために被拘束者らの養育に支障を来す状態に至っているとまではいえない。

2 以上の事実をもとに判断すると、被拘束者らに対する愛情、監護意欲及び居住環境の点では、請求者と拘束者らとの間に大差はない。また、拘束者二郎は昼間勤めに出ているが、請求者が被拘束者らを引き取った場合においても、請求者も同様に昼間の勤務をすることが予想されるから、被拘束者らとの接触時間という点においても、請求者と拘束者二郎とでさしたる違いはない。さらに、経済的な面では、請求者は自活能力が十分ではなく、拘束者らと比べると幾分劣るが、請求者もその両親からの援助を期待し得る。

右のとおりであるから、被拘束者らに対する愛情、生活環境、経済的側面等を個別的にみても、また、これらを総合してみても、請求者と拘束者らとを比較して、一方が他方よりもぬきんでて優れているというような状況にはない。してみると、前記一の判断基準に照らせば、本件において、被拘束者らが拘束者らの監護の下に置かれるよりも、請求者に監護されることがその幸福に適することが明白であるということはできない。言い換えれば、拘束者らが被拘束者らを監護することがその幸福に反することが明白であるということはできないものというべきである。したがって、本件においては、本件拘束が人身保護規則四条にいう違法性が顕著な場合に該当するという要件についての疎明があったということはできない。

三よって、請求者の本訴請求はいずれも理由がないから人身保護法一六条一項を適用してこれを棄却したうえで被拘束者両名を拘束者らに引渡すこととし、本件手続の総費用の負担については人身保護法一七条、同規則四六条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官辰巳和男 裁判官石井浩 裁判官山田整)

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